うらら
大谷ます子 著

定価(本体1400円+税)
■四六判上製/208頁
■ISBN 4-8397-0126-1 C0093 

ここに日本人の心のふるさとがある
山里の四季を風が渡る。土筆を摘み、蛍を追い、山姥に怯え、雪に遊ぶ童。これは、この国の片隅で無名の人々が紡いだつつましくも心温かな暮らしの記録であり、今日の日本が喪失したものは何かを問いかけてもいる。大正から昭和にかけて幼少期を伊予(愛媛県)の山懐で過ごした、著者の自伝的小説。


ためしよみ

赤い川蝦


 山々が黒味を帯びた緑に変わって、山間はすっかり夏の気配になってきた。暑くなってくると、子どもらの遊び場は、川縁へ移っていく。
 あやを入れた、すうちゃん、しげやんの三人の幼い子たちには、すばしこい鮠
(はや)には手が出ない。川縁のごく浅い所の葦の繁みのあたりへ、見よう見真似の仕草で、じょれん(竹で編んだ小型の箕(み))をつけて、片足でじゃぶ、じゃぶと水を踏む。あげたじょれんの底には、小さい川蝦が四、五匹、ぴんぴんと跳ねている。あやたちは、そんな獲物にはしゃいで、岸辺においてある小さいバケツへ放す。何度も繰り返しているうちに、バケツの中の小蝦は数を増していく。あやは、バケツの縁に顔をくっつけて中をのぞく。半透明な薄飴色の小蝦は、じいっとして浮かんでいるかと思うと、急にぴいんと跳ねて、素早く向きを変え、また、じいっとしている。小さい目が光っている。三人は、かわるがわるにバケツをのぞきこむ。
 川蝦の入ったバケツを、三人は順番にぶらさげて、しげやんの家へ行く。しげやんの家には父親がいない。しげやんの母親のかいしゃんは薄暗い壁際で、いつも手機で絣を織っている。三人が下着までべっとりと濡らしていても、かいしゃんはバケツを覗いて、
「ふうん、あんたら、よくもこげに(こんなに)蝦を仰山とったなあ。ほんでも、そげに服を濡らしてしもて、どうならや」
 と薄い眉をちょっとしかめて見せるだけで、叱言
(こごと)は言わない。そして、機からおりてきて、かまどに土鍋をかけ、すくず(枯れ松葉)をぽっと燃やしつけて、少しのしょう油と砂糖で小蝦を煮てくれる。小蝦は鮮やかな赤蝦になる。

   チュンチュク チュンチュク 雀の子お
   生まれたとおきは丸裸
   お耳も聞こえず 目も見えず、
   ああたま振り振り チュンチュクチュン

 窓辺で、背を丸めて手機を織りながら、かいしゃんはいつも、雀の子の歌を鼻歌まじりに歌ってくれる。
 三人は、かいしゃんの歌に合わせて、何となく体を揺すりながら、小皿に分けてもらった小蝦を食べる。小蝦は噛むと、ぷちぷちと小さく鳴って香ばしい。食べながら、三人は顔を見合わせて、くっくっと笑う。



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