ひまわり落札 
勅使河原 純 著
定価(本体1500円+税)
■四六判上製/272頁 ■ISBN 4-8397-0125-3

史実にもとづく緊迫のアート系サスペンス
世界が注視するロンドン・オークションにおいて、ゴッホの「ひまわり」がレコード・プライス(史上最高額)で落札された。競落したのはバブルまっただ中の日本企業だった。破格値による名画獲得に、国内外からの手厳しいバッシングが襲いかかる。爆発する日本経済は、世界の美術市場にどんな波紋を投げかけたか……。

ゴッホの「ひまわり」
この1枚の絵画が世界を驚かし、バブル日本を象徴した。
誰もが知っている絵画の秘められた経済と人間模様を描き尽くした注目の書だ。

(堺屋太一氏推薦文より)



ためしよみ(「オークション」より抜粋)
 アートコンサルタントの大西亜喜良は、本社の来賓室で永澤と何度か打ち合わせをした後、ひと足早くロンドンへ発っていった。永澤と大西の思いどおり、すべては順調に推移していく。紳士淑女があつまるロンドンのオークション会場にはじめて足を踏み入れても、さほどの違和感はない。オークションの滑り出しはすこぶる快調であった。
 ルノワールの「浴女たち」を指値どおり一〇四万五〇〇〇ポンド(二億五千万円)で落札する。「帽子をかぶった少女」もほとんど支障なく、五五万ポンド(一億三千万円)で競り落とした。初参加としてはまずまずの戦績である。永澤は、この辺りの価格なら万一転売にまわしても、じゅうぶんに差益が期待できると踏んだ。この調子でいけば「舗装工のいるモニエ街」も何とかなるだろう。意気揚々として最後のマネを待つ。
 いよいよマネが登場すると、永澤はリチャードを代理人にして、軽快にビッドしていった。だが「舗装工のいるモニエ街」はなかなか落ちない。そのうち価格はどんどん吊り上がっていき、本社了承の四〇〇万ポンドはおろか、七〇〇万ポンドの大台も超えてしまった。主催者発表のエスティメイトのほぼ二倍である。永澤の気持ちにわずかながら”躊躇”が芽生える。当時ロンドンでは、ワールド物産のほかにもかなりジャパンマネーが入りこみ、国際美術市場はすで過熱気味の複雑な動きをみせていた。永澤のとなりに控えていた大西にも不安が伝染し、ふたりはだんだん心細くなってくる。
 たとえ七〇〇万ポンド(一六億円)で落とせたとしても、取締役会は何というだろう。これまで億単位の絵画など買ったためしはない。経営戦略本部のベテラン職員の話にもとんと聞いたことはない。たった一点で、須賀平三郎美術館の年間運営費を凌駕してしまう金額だ。永澤は極度の緊張から膝を小刻みに震わせはじめた。口はからからとなり、太腿の内側にわずかに汗をかく。長年の経験から、それが”逃げろ”のサインであることを永澤はよく知っていた。
 大西はあらぬ方向をみつめ、決して永澤をみようとはしない。不安は七二七万ポンド(一七億円)になったとき、さらに膨れ上がっていった。その気配を察知したのだろうか。背後からスイスの富豪が、これでもかこれでもかと強気に浴びせかけてくる。「七〇〇万、七三〇万」という掛け声が、鉄の鏃
(やじり)のようになってふたりの背中につき刺さった。
 七五〇万ポンドを超え、七六〇万ポンドを打ち破り、七七〇万ポンド(一八億円)に到達したとき、永澤に「俺はいま損をしている。明らかに割に合わないことをやっている」という強迫観念が生まれた。ついに金縛りに遭ったようになり、どうしても入札のシグナルが出せなくなってしまう。しかも間が悪いことに、代理人リチャードはそうした永澤の気持ちの変化を、ただちに了解することができなかった。
 このままビッドを継続するのか、それとも断念か。判断のつかないまま、リチャードとオークショニア(競売人)エリック・マリオンの間で、若干呼吸の乱れが生ずる。そして気がつくと、もはやスイスの富豪に対抗できる者は誰もいなくなっていた。「エニー・モア」と連呼するエリックの声につづき、会場にはハンマーの大きな音が響いた。「舗装工のいるモニエ街」は富豪のものとなったのだ。
 事情通の新聞記者たちは、あちこちで
「これはレコードプライスじゃないか」
 と騒ぎはじめた。永澤と大西は下を向き、ぎゅっと唇を噛みしめる。何としても避けたかった「舗装工のいるモニエ街」のアンダービッダー(二番札の入札者)となってしまったのだ。東京にはエドゥアール・モネなしで帰らなければならない。


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