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2 世界じゅうで一番美しい土地
幼い子どもならだれでも、まるで熱病のように仔犬に取りつかれる一時期があるのではないだろうか。「犬が欲しい病」という奴で、それは通りの向こうに住むかわいい女の子に対して少年がいだく淡い恋心とはまったく別種のものだ。短い四つの足とよく動く尻尾、指に噛みついてくる小さいが鋭い歯。いっしょに走りまわって遊び、それどころか食べるのも寝るのもいっしょ――仔犬とのそんな生活にあこがれだすと、まさに少年は熱に浮かされた状態になる。
私が初めてこの強烈な病にかかったのは十歳のときだった。私ほどの重病をわずらった少年は世界じゅうどこにもいないと思えるほど、それはひどかった。
もし私の願いがほかの少年たちのそれと同じだったなら、父と母は仔犬を一匹どこかで見つけてきてくれただろう。だが私の希望は異なっていた。一匹ではなく二匹、それもどんな種類でもよいというのではなくて、特別の種類、特別の血統の犬でなければならなかった。
私は父のところへ行き、ねだった。父は頭をポリポリ掻きながら考えこんだ。「ビリー、ハットフィールド爺さんとこのコリーに仔犬が生まれるらしい。一匹もらえると思うよ」
父の返事は、私に冷水を浴びせたも同然だった。「父さん、コリーなんて欲しくないよ。猟犬、それも洗い熊を狩る犬が欲しい。二匹欲しいんだ」
父としても。なんとか私の願いに応えたい。顔を見ればそれはわかる。だが無理な相談だった。「その手の犬は値が張るんだ、ビリー。今の私たちにそんな金はない。いつか余裕ができたら買ってやろう。今はだめだ」
私はあきらめず、今度は母のところへ行った。父を相手にするよりも、こちらのほうがよほど手ごわかった。母は、私がまだ犬と猟に出る年齢ではないと、一言で撥ねつけた。猟師なら銃が必要だが、二十一歳までは所持が許可されないともつけ加えた。
どう説得されても承服できなかった。私たちが暮らしている田舎はどこよりも狩猟に適した条件に恵まれているのに、犬一匹飼うことすら認めてもらえないのだ。
私たちの家は、オクラホマ州北東部、ごつごつした山が列なるオザーク山地を深く分け入った美しい谷間、チェロキー族の保留地の中にあった。母がチェロキーの血を引いていたため、州政府から分配された土地に住んでいたのである。山並の裾とイリノイ川の岸にはさまれた私たちの地所は細長かった。
黒々とした土の肥沃な土地で、父はよく、ここの土に埋めておけばのこぎりにさえ毛が生えると冗談を言っていた。彼はここの処女地に鋼鉄の鋤を入れた最初の開拓者だった。
丸太小屋が立っている場所は母が選んだ。小さな谷間に通じる山裾の端に位置し、赤ガシワの大木の林に囲まれていた。家の背後にまわると、はてしなく列なるオザーク山地の力強い山並が見わたせた。春には野草や花ズオウ、ポポー、山ボウシなどの木の花の香りが風に乗って谷間いっぱいに漂い、わが家のまわりを包んだ。畑の下をイリノイ川の青く清らかな水が曲がりくねって流れていた。土手は木々におおわれ、夏でもひんやりと涼しかった。川に沿って豊かに広がる窪地には、背の高い鈴懸や樺、トネリコバカエデが生い茂っていた。
田舎育ちの十歳の少年にとって、そこは世界じゅうで一番美しい土地であり、存分にその魅力を味わいつつ日々をすごした。山の中、谷の窪地を好きなように歩きまわった。
野生化した砂糖キビの畑や川岸の泥池に残されている動物たちの通り道を私は知りつくしていた。中でも、赤んぼがよちよち歩いたような洗い熊の足跡に一番興味を引かれ、見つけると、腹這いになって何時間も調べたものだった。立ち去るときには木の枝でそれを掃き消した。「足跡調べ」と勝手に名づけて楽しんでいたのだ。翌日同じ場所に出かけると、十中八九の割合で、前日掃き清めた場所にふたたび洗い熊の足跡が見つかった。夜の間にそこを通ったに違いない。目をつぶると、背なかをまるめてよたよた歩きまわる姿や、短い腕を器用に使って土手の下の水辺でザリガニやカエル、ハヤを捕まえる姿が見えるようだった。
私は歩けるようになったときから猟師(ハンター)だった。柵の上のトカゲやトウモロコシ小屋のネズミ、小川から畑に姿を現わすカエルなどをいつも捕まえていた。ちびのダニエル・ブーン(辺境を探検、開拓した伝説の名猟師)といったところだった。
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